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パブロン飲めばよくなるという話じゃないです

2009⁄05⁄31(日) 20:14
皆さんお久しぶりでした。週末連絡が取れなくなってしまってすみません。イベントは楽しかったですか。また今度機会がありましたら参加してみんなにいじられたいと思いますのでよろしくお願いします

実は僕、週末に里帰りをして今帰ってきたところなんですね。それで、「ブログ書かなきゃぁ・・・」と思いパソコンの前に座っております。

里帰りをした理由はホームシックになったとか、誰かが結婚するとかそういう話ではなくて、「後悔を残さないようにする」こと。
何が後悔に残るの?といわれると話がとても長くなるのですが、ここに書き残させてください。これから長い人生、忘れることのないようにひとつの「形」として残しておきたいからです。

今から一ヶ月前、祖母が通っているデイサービスセンターで転倒しました。そこで、大腿骨の頸部骨折をしてしまったんです。下の図参照
大腿骨頸部

ここは高齢者になると、どうしてももろくなってしまうところで、脊椎の圧迫骨折、腕や足の骨折に次ぐ折れやすい部分なんです。

じっと安静にしていれば骨がつながって歩けるようになるよと思いがちですが、自然治癒をしていると歩けなくなってしまいます。
理由は高齢者になって寝たきりになってしまうと、一日で全身の筋力が約6%減少してしまうのです。と言うことは、たとえ数週間寝たきりにさせていて骨がつながったとしても、筋力は限りなく0%に近い状態になってしまうので、歩くことはまず不可能になります。

じゃあどうすればいいの?というと、手術で折れた部分を金属のボルトのようなもので固定し、手術が終わり2日経ったころにはリハビリを始めるというものです。
boruto.jpg

上の説明だけをみていると、「おぉ、順調に行けばいいね!」などと思われるかもしれません。しかし、実際はそうも簡単にはいきません。

高齢者にとって麻酔をかけることは、とても負担になります。そう、問題は手術中ではなく、術後なのです。

僕の祖母は脳梗塞で倒れ、認知症状が進行してきている傾向にありました。すでに亡くなった方の名前を呼んだり、僕をすでに亡くなった祖母の子供と勘違いしてしきりにその人の名前を僕に呼んだり。日付もわかりません。その日食べた朝食も思い出せませんでした。そして骨折をして麻酔をかけられ手術を行いました。やはり術後の祖母は前の祖母とは若干違っていました。

左目をはじめとする左半身ががあまり動かない。何かを言いたげにこっちを見ている。より幻覚や幻聴なども激しさが増したと思います。そして、内臓機能が低下しているのです。今まで食欲旺盛だった祖母でしたが、手術を境に病院食を残すようになりました。妹が撮ってくれた写真を見ても、やはり痩せていました。

今から6年前、祖父が肺気腫で亡くなったとき、僕はとても後悔しました。理由は、部活動や学校の授業で忙しく、お見舞いにいけなかった。亡くなる前の週、みんなでお見舞いに行こうという話になりましたが、「部活動があるからいけない」と断ってしまったんです。それから一週間後、祖父は亡くなりました。その時の自分に対する悔しい気持ち、やるせない気持ちを今でも覚えています。


僕も家族も、こんなことは思いたくない。

これからもずっと一緒に暮らして行きたい。


・・・そう思いたいです。しかし、今現在少しずつ衰弱しつつある祖母が目の前にいます。「後悔を残さないようにする」ために、僕は病院へ行きました。

病室へ行くと、涙を流して喜んでくれたばあちゃん。
「僕に何かして欲しいことってある?」と聞くと、「勉強を一生懸命にがんばって欲しい」と答えてくれたばあちゃん。
「家に帰ったら何がしたい?」って聞くと、「みんなと一緒に話がしたい」と答えてくれたばあちゃん。
「しっかりとご飯食べなよ!」  「おなかがいっぱいで食べられないんだよ」と話しました。
「もう6月だね。6月は何があるっけ?」「何かあったかな?」「6月11日は・・・?」「お前の誕生日だ」


家族みんなで泣きました。その日の曜日もわからない祖母が、誕生日を覚えていてくれた。それだけでうれしかった。

最後病室を出るとき握手した。僕の手の感触を覚えるように、力強く、ぎゅーっと握ってくれた。

「また今度退院するときにおいで」「うん、わかったよ! ばあちゃんも、もうちょっとの我慢だからね!」

祖母は退院すると言いましたが、それは勘違いで、この病院を出てすぐに家の近くの病院で内臓機能を戻すことやリハビリテーションを行うために転院する日なんです。それを思うとむなしくなりますね。ただ、今の祖母がとても充実した人生を送れた!といえるように、僕たちはこれからも努めていきたいと思います。



話の最後に、人はなぜ生まれてくるのか。そしてなぜ死んでいくのか。これを書いて終わりたいと思います。


なぜ生まれるのか。それは、その人にしかできない使命を達成するためだから。
なぜ死んでいくのか。それは、その人にしかできない使命を達成したから。



生死についての考えは人それぞれで構わないと思います。ただひとつ恐ろしいのは、なぜ生まれ死んでいくのかを考えられない人。そういった人が堕落への一歩を歩んでいくのだろうなと思うのです。

「生も歓喜、死も歓喜」僕はこの言葉が大好きです。何で見たんだっけな?よく覚えていませんでも、生まれてくるときには喜んで、死んでいくときも喜ばなければならないという意味だと思います。こんなすごい境涯になりたいですね。



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人は人を愛するために生まれ、人に愛されて死ぬ。
2009⁄06⁄01(月) 11:36 | | [edit]

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